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桜の手紙

一通の手紙が届いた

それは過去から迷い込んだような 散々宛先を彷徨った挙句 わたしに届いた手紙だった。

宛先は間違えた住所が書かれていた。
存在しない町名が書かれていた。

けれど確かにわたし宛のものだった。

いつぞや 一人旅をしたときに 見た町の郵便局が投函先で 弱々しいが 美しい字で書かれた文字は 一目で女性のものであることがわかった。

わたしの薄い記憶では わたしはこの旅は有給を利用し、のんびりと萎びた温泉町で過ごした。

その町で過ごしている最中、ある橋のたもとで 自転車に突き飛ばされた老婆を一人 近くの病院までタクシーで送った記憶だけだった。アクシデントと言えば それだけだった。どうせ その方角へ行こうとしていたのだからついでもあった。

おばあちゃん わたしのタクシーで一緒に行きましょう。保険証はある?

ああ。もってる…

病院について訳を説明しても老婆は 心細かったのか、わたしの手を離さなかった。

むかしむかしに他界してしまった祖母をふと思い出すと、わたしは少し 悲しくなり、結局 処置や入院の手続きが終わるまで 付き添うことになった。

骨折などはしていなかったが 老婆は一人暮らしで 胸を強打していたので数日様子を見ることになった。

わたしはおばあちゃんに名前や住所を聞かれたので、メモに書いて渡したが、病院に着いた安心もあり、それきり日々の喧騒に紛れ 旅のことも忘れてしまっていた。

その老婆からの手紙…

ありがとうがたくさん書かれた手紙…
また遊びに来て欲しいが書かれた手紙…

散々宛先を間違っても なんとか辿り着いた手紙は 老婆のわたしへの思いが伝わってくるようだった。

少しよれよれになった手紙。

わたしは久しぶりに涙を流した。

なんの気なしにした行い。
老婆にとっては一大事。

もう一度有給が取れたら 老婆に会いに行ってみよう。

わたしはそう思った。

手紙には桜の花の手作りの栞が同封されてあった。

ありがとうは わたしが言うべきね
おばあちゃん。暖かくなったら、遊びに行くわ。
いえ、遊びに帰るわね。

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